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広島地方裁判所 平成6年(ワ)928号 判決

原告

栄能産業有限会社

右代表者代表取締役

平裕二

右訴訟代理人弁護士

関元隆

右訴訟復代理人弁護士

足立修一

被告

右代表者法務大臣

前田勲男

右指定代理人

村瀬正明

外六名

主文

一  被告は、原告に対し、一七〇〇万円、及びうち一〇〇〇万円に対する平成三年二月一六日から、うち二五〇万円に対する平成三年三月二一日から、うち三〇〇万円に対する平成三年五月二日から、各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを七分し、その六を原告の、その一を被告の負担とする。

四  この判決は、原告の勝訴部分に限り、仮に執行することができる。ただし、被告が一五〇〇万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実

一  原告の請求

被告は、原告に対し、一億二一〇〇万円、及びうち六〇〇〇万円に対する平成三年二月一六日から、うち二〇〇〇万円に対する平成三年三月二一日から、うち三〇〇〇万円に対する平成三年五月二日から、各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の請求原因

1  原告は、金融業を営む会社である。

2  登記簿の抜取り・偽造及び金員の騙取

(一)  多額の負債の返済に窮した西永忠信は、長井英雄、徳永久壽男及び林一盛らと共謀のうえ、登記簿を改ざんして、金融業者から金員を騙し取ることを企て、次のとおり、登記簿の偽造等をした。

(1) 平成三年二月五日、別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という)の登記簿甲区欄原本を抜き取った。

(2) 同月六日、あらかじめ用意していたタイプライター及び「登記官・伊藤」との印鑑を利用して、右登記簿甲区欄原本に西永が昭和六二年一一月二九日の売買を原因に所有権移転登記した旨記入した。

(3) 同月七日、右偽造した登記簿甲区欄原本を本件土地の登記簿冊に挿入してつづった。

(4) 同月八日ころ、右虚偽の記入がされた登記簿謄本の交付を受けた。

(二)  当時の原告代表者平時好は、西永及び長井から、偽造された本件土地の登記簿謄本を示されて金員の借入れを申し込まれ、西永が登記簿謄本のとおり本件土地を所有している、と信じて、平成三年二月一五日、本件土地に抵当権を設定し、西永に対し、六〇〇〇万円を融資し、同年三月二〇日、更に本件土地に抵当権を設定し、西永に対し、二〇〇〇万円を融資し、同年五月一日、本件土地に抵当権を設定し、西永に対し、三〇〇〇万円を融資した。

3  登記官の不法行為

登記官の次のような過失によって、虚偽の所有権移転登記が記入された本件土地の登記簿謄本が作成・交付されたが、原告は、右登記簿謄本に記載された虚偽の所有権移転登記を真正なものと信じて、本件土地を担保に西永に合計一億一〇〇〇万円を融資する損害を被るとともに、本件訴訟の追行を原告訴訟代理人弁護士に委任し、弁護士費用として一一〇〇万円を支払う損害を被った。

(一)  閲覧監視義務違反

不動産登記法施行細則(以下「細則」という)九条は、登記用紙の脱落防止、閲覧後登記簿の保管について常時注意すべき旨、三七条は、登記簿等の閲覧は登記官の面前でさせるべき旨規定し、不動産登記事務取扱手続準則(以下「準則」という)二一二条は、登記簿の閲覧の前後に枚数の確認など登記用紙の抜取りや改ざんがなされないように厳重に注意する旨規定している。

ところが、広島法務局登記官は、その面前で登記簿原本の閲覧をさせることなく、登記簿閲覧の前後の枚数の確認や返還を受けた登記簿原本の確認を怠る等閲覧の監視を怠り、また、閲覧後の登記簿の保管をなおざりにする過失により、西永らが本件土地の登記簿原本を抜き取り、偽造し、返却するのを防止できなかった。

(二)  登記簿謄本作成・交付の際の注意義務違反

登記官は、登記簿謄本の作成・交付に際し、登記簿原本に改ざん等がないか確認のうえ、登記簿謄本を作成・交付する義務があるにもかかわらず・右義務に違反した過失により、改ざんされた本件土地の登記簿謄本を作成・交付した。

(三)  防止・監視体制の不備

広島法務局では、昭和四二年にも、登記簿原本の窃取・偽造があったにもかかわらず、その防止・監視体制が十分ではなかった。

4  よって、原告は、被告に対し、国家賠償法一条の規定に基づき、損害賠償金一億二一〇〇万円、及びうち六〇〇〇万円に対する平成三年二月一六日から、うち二〇〇〇万円に対する平成三年三月二一日から、うち三〇〇〇万円に対する平成三年五月二日から、各支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三  請求原因に対する認否及び主張

1  請求原因1の事実は不知。

2  同2の事実は不知。

ただし、本件土地の登記簿の甲区欄順位第二番の所有権移転登記が偽造されたことは認める。

3  同3は争う。

4  登記官には、以下のとおり、過失はない。

(一)  閲覧監視義務違反について

登記官の過失の前提となる注意義務は、平均的登記官の通常用いる注意を基準にすれば足りる、と解される。登記官に要求される閲覧監視義務も、登記制度全体の運営との調和を図りつつ、現行閲覧制度の枠内において実現可能で実効性のある閲覧監視義務が検討されるべきである。

登記官が細則三七条、準則二一二条一、二号の規定で要求される行政庁内部の職務上の義務としての閲覧監視義務に違反したか否かを判断するには、平成三年当時の広島法務局登記部門における具体的な人的・物的状況を前提に、不正行為の防止措置をとることの難易、その有効性の程度、その措置を実施することによる登記事務処理上の不都合ないし支障等を総合考慮すべきである。

これを本件についていえば、平成三年二月当時の広島法務局登記部門の繁忙状況にあって、個々の閲覧者と登記官が一対一で向かいあう形での閲覧や閲覧後の登記用紙の枚数確認は人的・物的に実施不可能であるが、閲覧担当係員及び窓口整理閲覧監視要員の配置、登記官による監視可能な位置への閲覧席の配置、監視ミラーや監視カメラの配置等の、当時の人的・物的な制約下において最大限実施可能な方策をとっていたのであるから、登記官に過失はない。

(二)  登記簿謄本の作成・交付の際の注意義務について

細則三五条の二、準則二〇九条の規定は、登記簿謄本の作成に当たり、登記簿に記載された事項の全部を遺漏なく、かつ誤りなく写し取ることを要求したもので、登記簿原本に偽造の登記がないことを確認した後でなければ、謄本の作成・交付をしてはならない旨を義務付けたものではない。

本件について使用されたタイプ活字及び登記官の認印は、登記官が一見して偽造されたことを看破できないほど巧妙なものであったから、このような登記を記載した登記簿謄本を作成・交付した登記官に過失はない。

(三)  防止・閲覧監視体制について

広島法務局における昭和四一年度の甲号事件は三九万一八三〇件であり、平成三年のそれは五〇万七三六九件と1.29倍になっている。昭和四一年度の乙号事件は一九一万六三三五件であり、平成三年のそれは一〇一二万〇一五八件と実に5.28倍になっている。

昭和四一年当時の配置人数は、登記課長以下職員三〇名で、うち乙号事件の担当職員は六名であった。平成三年当時のそれは、主席登記官以下職員三一名であり、うち乙号事件担当職員は七名であり、ほかに委託派遣職員八名と臨時職員四名の合計一九名が乙号事件の事務処理に当たっていた。職員一人当たりの乙号事務の処理件数をみると、昭和四一年当時は七万八八四八件であるのに対し、平成三年は一一万四四五一件となっている。

乙号事件の急激な増加に対処するため、右のような増員のほか、事務室の改善や全自動謄本作成機の導入のほか、前記のとおり防止・監視体制の強化を図ってきた。

5  原告には、以下のとおり、損害が生じていない。

(一)  平成三年二月一五日の六〇〇〇万円の貸付け(以下「第一回貸付け」ということがある)について

(1) 右貸付けは、同月一五日と同月二二日に三〇〇〇万円ずつ二回に分けて行われた。

(2) 一五日の三〇〇〇万円の貸付けは、原告の長井に対する債権の利息分二六三万六六〇〇円と天引利息一五〇万円を差し引いて、現金四四四万円と額面一四二五万円及び額面七一七万三四〇〇円の原告振出しの小切手二通を西永に交付して行われた。

したがって、原告がこのとき出捐した金額は、合計二五八六万三四〇〇円である。

(3) 二二日の三〇〇〇万円の貸付けは、額面一五〇〇万円の原告振出しの約束手形二通を西永に交付して行われた。このとき、原告は、利息として一八〇万円を現金で受け取っている。

(4) 同年三月一日、原告は、西永から、二月一五日に貸し付けた三〇〇〇万円のうち、二〇〇〇万円の返済を受けた。

(5) 同年四月一九日、原告は、長井から、二月二二日に融資した三〇〇〇万円の返済を受けた。

(6) したがって、西永に対する貸金六〇〇〇万円(第一回貸付け)のうち、前記(2)の出捐二五八六万三四〇〇円から、受け取った利息分一八〇万円と弁済金二〇〇〇万円を控除した残四〇六万三四〇〇円が、原告に生じた損害である。

(二)  平成三年三月二〇日の二〇〇〇万円の貸金(以下「第二回貸付け」ということがある)について

原告は、長井に対する貸金六三〇万円と天引き利息六〇万円を差し引いて、額面一三〇〇万円の保証小切手と現金一〇万円を西永に交付した。

したがって、原告の出捐額は一三一〇万円である。

(三)  平成三年五月一日の三〇〇〇万円の貸金(以下「第三回貸付け」ということがある)について

原告は、額面二八一〇万円の保証小切手と現金一〇〇万円を長井に交付した。

したがって、原告の出捐額は二九一〇万円である。

(四)  原告は、平成三年五月一〇日、中央商事株式会社(以下「中央商事」という)に対し、前記(一)の西永に対する抵当権付き貸金債権を五〇〇〇万円で譲渡し、同日、五〇〇〇万円を受け取った。

(五)  とすれば、原告の実際の出捐額は合計四六二六万三四〇〇円であるが、他方で、五〇〇〇万円の利得を得ているから、原告に損害は生じていない。

6  仮に、閲覧監視義務違反が肯定されるとしても、登記宮の過失と原告の損害との間には因果関係がない。

7  仮に、被告の損害賠償責任が肯定されるとしても、原告には、以下のとおり、重大な過失があり、大幅な過失相殺がされるべきである。

(一)  原告は、登記簿上の前所有者に対する確認や固定資産課税台帳登録事項証明書の確認をしていない。

(二)  原告は、長井から、西永が金融業者であること、西永との間で本件土地の専任媒介契約が締結されていること、売買金額について国土利用計画法の許可を得ていることを聞かされながら、右説明が真実であるか否かの確認を一切していない。

(三)  原告の貸金の金利は、月四分ないし月三分の高利であった。本件土地は、抵当権の設定もない更地であり、担保価値は極めて高かった。本件土地を担保に金融業者から高利の金を借りる必要はなかった。右の疑問について、何も調査・検討していない。

(四)  西永が、原告から借り入れる金員を、長井の原告に対する債務の返済に充当しようとすることに、何らの疑問も抱いていない。

四  証拠

本件記録中の証拠目録記載のとおりである。

理由

第一  事実関係

本件証拠(甲号各証、乙号各証、証人水野香の証言、原告代表者尋問の結果)並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。

一  西永らの登記簿原本の抜取り・偽造及び金員の騙取について

1  西永忠信は、平成二年一二月ころ、多額の借金を抱え、遊興費に窮していた。漫画「ナニワ金融道」にヒントを得て、長井英雄と共謀して、登記簿の原本を抜き取り、虚偽の登記を記入して、金融業者から金員を騙し取ることを計画した。

2  西永は、暴力団共政会有木組の幹部組員であり、傷害、監禁、賭博等の前科を有していた。西永は、小指を欠いている。

長井は、西永のばくち仲間であり、不動産業等を営む都市企画株式会社(以下「都市企画」という)の代表取締役であったが、実態は不動産業及び金融業のいわゆるブローカーであった。長井も、詐欺の前科があり、経営する会社を倒産させ、取引停止処分を受けた経験があった。

3  西永と長井は、平成二年一二月一四日ころ、広島法務局から広島市中区舟入南所在の土地の登記簿原本を抜き取った。西永が右登記簿原本を持参したバックに隠して持ち出した。同月一八日ころ、右登記簿を閲覧したところ、登記簿冊に登記簿原本の紛失を示す付箋が付いていたため、舟入南の土地の登記簿原本に虚偽記入して返還することをあきらめた。

4  西永と長井は、登記簿原本の抜取りを自ら実行することをためらい、都市企画に出入りしていた徳永久壽男に対し、報酬として一〇〇〇万円を支払う旨約束して、登記簿原本の抜取りを依頼した。徳永は、これを承諾した。虚偽の登記を記入するのに必要なタイプライターは、長井が注文して用意した。登記官の印鑑は、西永が舟入南の土地の登記簿に押されていた印を真似て「登記官・伊藤」との判を業者に作らせた。

5  徳永は、平成三年一月一四日ころ、付き合いのあった不動産業者林一盛とともに、広島法務局で登記簿の閲覧申請をし、広島市中区羽衣町の登記簿原本を抜き取った。同月一八日ころ、登記簿冊を確認したところ、登記簿原本の紛失を示す付箋があったため、右登記簿原本に虚偽記入して戻すことをやめた。

6  平成三年二月初めになって、西永、長井及び徳永は、更地であった本件土地を見付け、登記簿の閲覧により抵当権設定登記のないことを確認し、本件土地の登記簿原本を盗むことを共謀した。同月五日ころ、徳永が、林とともに、広島法務局に行き、偽名で本件土地の登記簿の閲覧申請をした。徳永は、取り出された登記簿を閲覧する振りをして、本件土地の登記簿原本を抜き取り、これを封筒に挟んで持ち出した。林は、徳永の犯行が広島法務局の職員にみつからないように、更に他の閲覧者が徳永に近づかないように見張っていた。

7  同日の夜、長井が、準備していた前記タイプライターと登記官の印を用いて、別紙(一)のとおり、本件土地の登記簿原本に、「所有権移転 昭和六弐年壱壱月参〇日受付第四三弐七号原因昭和六弐年壱壱月弐九日売買、所有者広島市南区南蟹屋一丁目参番拾七―弐〇号西永忠信」との虚偽登記(以下「本件登記」という)を記入した。右偽造には、タイプの間隔を合わせるのに苦労し、約三時間を要した。本件登記は、一見すると本物のようではあるが、受付番号が、「第四三弐七号」と「参」の文字ではなく「三」が使用されているし、原因欄や所有者欄の改行された文字の位置が本来の登記と異なっていた。文字と文字との間隔も、不揃いであり、本来の登記の文字の間隔に比較すると、違いがあった。また、区制が施行されたのに、前所有者の古川光彦の住所表示の訂正付記登記はされてなかった。

8  平成三年二月六日ころ、徳永が、林とともに、広島法務局に行き、本件土地の登記簿閲覧の申請をし、持ち込んだ本件土地の登記簿原本を登記簿冊に返還した。同月七日、本件土地の登記簿謄本の交付申請をした。広島法務局登記官は、本件土地の登記簿原本に西永名義の虚偽の所有権移転登記(本件登記)が記入されたことに気付かないまま、本件土地の登記簿謄本を認証・交付した。

9  西永は、交付を受けた本件登記が記入された本件土地の登記簿謄本を利用して、二、三の知合いから金員を騙取しようとしたが、成功しなかった。長井の紹介で、後記のとおり、原告から、平成三年二月一五日、本件土地を担保に六〇〇〇万円の融資を得ることができた。更に、徳永の紹介で、大都商会こと元山東泳から、平成三年三月一日、本件土地を担保に一億三五〇〇万円の融資を受けた。平成五年五月になって、中央商事から、本件土地を担保に五〇〇〇万円を借り受けようとしたが、中央商事が登記簿上の前所有者である古川光彦に問い合わせをして、西永らの犯行が発覚した。

二  原告からの金員の騙取について

1  原告は、金融業及び不動産業を営む会社である。

平成三年当時、親子・兄弟ら四名が働いていた。金融の仕事は、当時の代表者平時好(現代表者の父親)が担当していた。原告の行っている貸付けの金額は、通常、一〇〇〇万円ないし三〇〇〇万円程度であった。

長井は、数年前から、不動産や金融の仕事のいわゆるブローカーとして原告会社に出入りしていた。平時好は、長井に前科があること等長井の経歴を承知していた。原告は、長井に対して六〇〇万円余りの貸金債権があった。

2  第一回貸付けの経緯等

(一) 平成三年二月一三日、長井が、原告会社を訪れ、平時好に対し、本件土地の登記簿謄本の写しを示し、本件土地を担保に金員を借りたい旨申し込んだ。

長井は、本件土地の所有者西永は金融業をやっている、本件土地を担保に一億円を借りたい、長井が本件土地の専任媒介契約を締結しており、五洋建設に売買の話がついている、売買代金は坪二二〇万円で国土利用計画法の届出がされている、本件土地が売れるまでの短期間の借入れであり、弁済期限は二か月後、利息は月四分でよい、右借金の中から長井の原告に対する債務の利息を弁済する旨説明した。

平時好は、本件土地の担保価値が五億円以上ある、と判断したが、実際に原告で用意できる現金は三〇〇〇万円しかなかった。長井にその旨伝えた。長井は、残り三〇〇〇万円は原告振出しの手形でもよいから、六〇〇〇万円を融資してほしい旨申し出た。原告の振出しの手形を含めて、六〇〇〇万円を貸し付けることで合意した。

その後、平時好は、長井の車に乗り、現地に行った。平時好は、本件土地が更地であることを確認した。

(二) 平時好は、原告の登記申請手続を委任していた水野香司法書士に連絡し、本件土地に抵当権を設定し、六〇〇〇万円を貸し付けるので必要な手続をとるよう依頼した。その際、平時好は、土地の確認は自分がしたので必要ないが、抵当権設定登記申請手続は保証書を利用するので、所有者である西永の確認をしてほしい旨指示した。

水野司法書士は、平成三年二月一四日、長井から連絡を受けたマンションに出向き、西永がいることを確認し、西永のポラロイド写真を取った。翌日になって、長井から、ファックスで本件土地の登記簿謄本の写しを受け取った。

(三) 平成三年二月一五日午前一一時ころ、長井と西永が、原告会社に現われた。平時好との間で、貸付金額は六〇〇〇万円とし、弁済期は平成三年四月二二日、利息は月四分とする旨合意した。水野司法書士が立ち会って、六〇〇〇万円の抵当権設定契約書、登記申請の委任状が作成され、西永の印鑑登録証明書が授受された。西永の運転免許証もコピーされた。

原告は、利息一五〇万円を天引きし、長井の債務の利息二六三万六六〇〇円も差し引いて、現金四四四万円、額面七一七万三四〇〇円と額面一四二五万円の小切手二通の合計二五八六万三四〇〇円を西永に渡し、西永から、三〇〇〇万円の領収証を受け取った。

水野司法書士は、同日、本件土地について、保証書を利用して債権額六〇〇〇万円、抵当権者原告とする抵当権設定登記の申請手続をとった。

残金三〇〇〇万円の融資は、抵当権設定登記ができてから、行うことにした。

(四) 平成三年二月二二日、平時好は、右抵当権設定登記ができたことを確認したうえ、長井と西永を原告会社に呼んだ。西永に対し、原告振出しの額面一五〇〇万円、支払期日平成三年四月二二日とする約束手形二通を渡し、西永から、三〇〇〇万円の領収証を受け取った。長井から、利息の天引分として、現金一八〇万円を受け取った。

右手形は、長井の取引関係があった中央商事に持ち込んで割り引いた(右手形は、後記の経緯で支払期日に全額決済された)。

(五) 平成三年三月一日、西永は、原告会社を訪れ、二〇〇〇万円を現金で弁済した(右弁済は、西永が元山東泳から騙し取った一億円足らずの金員の一部が充てられた)。

(六) 右一五日の貸付けに当たり、西永は、ほとんど口を聞かなかった。

平時好は、西永が金融業を営んでいるか否か、どうして多額の資金が必要になるのか、登記済証(いわゆる権利証)はどうしたのか、西永と長井とはどのような関係になるのか、等については何も質問しなかった。長井の専任媒介契約、五洋建設との売買契約及び国土利用計画法の届出がどのようになっているか、それを裏付ける書類等の提出も求めなかった。水野司法書士は、西永に対して、どうしてこの金がいるか、尋ねたが、西永は、何も答えず、視線をそらした。代わって、長井が、五洋建設が国土利用計画法の届出をしているがそれまでに金がいる旨答えただけであった。水野司法書士は、西永と長井が賭博で負けて土地を売るのでは、と理解した。

平時好と水野司法書士は、現われた人物が西永であるか否かの確認には注意したが、西永が本件土地を真実所有しているか否かについては、登記簿謄本の記載を信頼し、質問・調査しなかった。

3  第二回貸付けの経緯等

(一) 平成三年三月一九日、長井が、初対面の栗栖達知という男(大成企画日広車両との商号で自動車販売業を行っていた)を連れて、原告会社を訪れた。

長井は、本件土地の売買ができなくなった、東京の会社の社長が本件土地を担保に五億円位融資してくれる、本件土地を担保に右融資を受けるまでの一ヵ月間でよいから、二〇〇〇万円を貸してほしい旨申し出た。同席した栗栖も、東京の会社の社長と交渉しているが、栗栖に間違いなく融資すると話している、と長井と調子を合せてしゃべった。

平時好は、原告の長井に対する貸金債権六三〇万円を右西永に対する貸金から回収できるのなら、二〇〇〇万円を貸し付ける旨答えた。長井は、これを承諾した。

(二) 翌二〇日午前一一時ころ、平時好は、自らの都合で、宇品港の待合所の喫茶店で長井と西永にあった。水野司法書士も立ち会った。

そこで、前日の長井の話を確認し、本件土地を担保に、弁済期平成三年四月二二日、利息月三分で二〇〇〇万円を貸し付ける旨合意した。本件土地に債権額二〇〇〇万円の抵当権を設定するのに必要な書類が作成・授受された。

平時好は、西永に対し、長井に対する貸金債権六三〇万円と天引利息六〇万円を差し引いて、現金一〇万円と保証小切手一三〇〇万円との合計一三一〇万円を渡し、西永から、二〇〇〇万円の領収証を受け取った。

水野司法書士は、同日、右抵当権設定登記申請手続をとり、本件土地に抵当権設定登記をした。

(三) 第二回貸付けに当たり、平時好は、長井らの説明する東京の会社の融資の話が真実である、と信じていた。栗栖が長井や西永とどのような関係にあるのか、どうして本件土地の売買がだめになったのか、東京の会社の融資がどのように進んでいるのか、詳しい説明は求めた様子はないし、その裏付けとなる書類の提出も求めていない。

4  約束手形の決済資金の取得

(一) 第一回貸付け及び第二回貸付けの弁済期である平成三年四月二二日が近づいて、平時好は、長井に対し、返済を催告した、特に手形の決済資金として必要になる三〇〇〇万円だけでも弁済するよう求めた。

長井は、西永が東京に行っているので、弁済期を延期してほしい旨申し出たが、平時好は、三〇〇〇万円の弁済はどうしても延期できない旨その返済を要求した。

(二) そこで、長井は、不動産の取引のあった青野利夫の経営する金融会社である広島信金株式会社(以下「広島信金」という)に対し、平成三年四月一〇日ころ、本件土地の登記簿謄本の写しを示して、原告の六〇〇〇万円の貸金債権を肩代わりしてほしい旨申し入れた。青野は、長井が信用できない人物であり、長井と金銭の取引をする意思のないことから、登記簿謄本の写しを確認することもなく、右申し出を断った。

(三) 平成三年四月一九日、長井が再び青野の会社を訪ね、青野に対し、原告に返済する四〇〇〇万円がどうしても必要なので融資してほしい旨頼み込んだ。青野は、長井が原告から借りた金員の弁済期を延期するために必要な資金繰りである、と理解して、原告振出しの手形があれば、広島信金が右手形割引をして四〇〇〇万円を融資する旨申し出た(ただし、長井が原告の手形をいわゆるパクッてくるのをおそれ、原告の代表者自身が手形をもってくることを条件にした)。同日、午後三時ころ、平時好が広島信金を訪れた。平時好は、青野に会って、原告振出しの額面四〇〇〇万円、支払期日平成三年五月二〇日の約束手形を渡した。青野は、右手形に都市企画の裏書をさせ、長井に対し、利息一六〇万円を天引きした三八四〇万円を渡した。

(四) 原告は、平成三年四月二二日、広島信金が割り引いた金員のうち三〇〇〇万円を第一回貸付けの弁済分として受け取り、原告振出しの額面一五〇〇万円の手形二通を決済した。

5  第三回貸付けの経緯等

(一) 平成三年四月三〇日、長井は、平時好を喫茶店に呼び出し、東京の会社が本件土地を見て西永に五億円を融資することになった、融資実行は同年五月八日になる、本件土地を担保に三〇〇〇万円を貸してほしい、弁済期は同月九日で利息は月三分でよい旨申し入れた。平時好は、これに応じることにした。

(二) 翌五月一日、長井と西永が原告会社を訪れた。水野司法書士も立ち会った。長井は、平時好に対し、西永に融資する会社の社長として「サンヨーワールド株式会社取締役社長毛利正一」及び「サンヨーコレクション株式会社取締役毛利正一」との名刺を示し、電話で確認するように申し入れた。平時好は、長井が指示する番号に電話したが、毛利社長は不在で、連絡はとれなかった。平時好は、西永に対し、天引利息九〇万円を控除して、現金一〇〇万円及び額面二八一〇万円の保証小切手の合計二九一〇万円を渡し、西永から、三〇〇〇万円の領収証を受け取った。

抵当権設定登記申請手続に必要な書類も作成・授受された。同日、本件土地について、債権額三〇〇〇万円、抵当権者原告とする抵当権設定登記が経由された。

(三) 第三回貸付けに際し、平時好は、電話が通じなかったが、東京の会社が本件土地を担保に西永に対して五憶円を融資することに特に疑問を持つことなく、東京の会社やその融資話について詳しい質問をしたり、裏付けとなる書類の提出を求めたりすることはなかった(被告は、原告が、第三回貸付けの際には、本件土地が西永の所有でないことに気付いていた旨主張するが、右事実を認めるに足りる証拠はない)。

(四) 平成三年五月八日、平時好は、都市企画の事務所を訪れた。そこで、長井の依頼を受けた石田司法書士とともに、東京の会社から受ける五億円の融資で西永に対する貸金債権の弁済を受けたうえ、本件土地に設定した抵当権設定登記の抹消登記手続をするため、毛利社長の現われるのを待った。ところが、毛利社長は姿を見せなかった。長井は、毛利社長は五億円の金が集まらなかったので来なかった旨説明した。平時好は、長井がいい加減な話をしたのではないか、と不信を抱いた。

(五) 翌九日、平時好は、長井を呼び出し、広島信金に振り出した手形四〇〇〇万円の支払期日が平成三年五月二〇日に来るが、資金手当がつかない、どうしてくれる旨責任追及した。長井は、第一回貸付けを肩代りしてくれる相手を捜してくる旨答えた。

(六) 翌一〇日、長井は、西永と一緒に、平時好を中央商事に連れて行った(長井は、中央商事に対し、本件土地を担保に第一回貸付けの肩代りを申し込み、その承諾を得ていた)。原告と中央商事とは、原告の西永に対する抵当権付き貸付債権六〇〇〇万円を中央商事に譲渡する旨の債権譲渡契約を締結した。中央商事は、五〇〇〇万円を平時好の預金口座に送金し、利息や印紙代一五三万九四五二円を差し引いた残り四八四六万〇五四八円の現金を原告に渡した(右現金は、長井らが使用した)。

(七) 平時好が債権譲渡契約の締結と代金の授受が終わって帰った後、長井と西永は、中央商事に対し、本件土地を担保に更に五〇〇〇万円の融資を申し込んだ。中央商事は、念のため、前所有者である古川光彦に対し、本件土地を西永に売買したかを確認した。その結果、西永は、本件土地を取得しておらず、本件登記が偽造であることが判明した。

(八) 中央商事は、原告に対し、六〇〇〇万円の返還を求める訴えを起こした(当庁平成三年(ワ)第六二一号損害賠償等請求事件)。平成五年二月一九日、六〇〇〇万円の支払を認める判決が言い渡された。原告は、中央商事に対し、右判決に基づき、六〇〇〇万円を返還した。

6  なお、原告に示された本件土地の登記簿謄本によれば、本件土地は、昭和四四年九月一〇日に、所有者を「広島市舟入南入幸町六五五番地の壱古川光彦」とする土地区画整理法の換地処分による所有権登記が経由され(従来甲区欄の順位三番の登記であったが、昭和四六年に移記されて順位一番になった)、その後昭和六二年一一月三〇日の西永名義の本件登記が経由されているだけで、原告が平成三年二月一五日に債権額六〇〇〇万円の抵当権設定登記をするまで、抵当権設定登記等の担保提供した跡はなかった。

また、本件土地は、周辺の古川光彦ら所有の土地とともに土橋不動産商事が駐車場として管理していた。平成三年二月末ころは、本件土地部分のみが広島建設工業株式会社にケーブル等の資材置き場として一時賃貸借されていた。

三  登記所の登記簿閲覧監視体制等について

1  広島法務局の登記部門で、登記簿の閲覧事務は、認証係が分掌している。平成三年二月当時、具体的には、二名の職員と四名の窓口整理要員(常用の三名の賃金職員のほか繁忙対策要員一名がいた)が閲覧事務を担当していた。当時の机の配置等は、別紙図面(二)のとおりである。

2  具体的な閲覧の手続は、次のとおりであった。

別紙図面(二)のE点で、係の者が閲覧の申請を受け付ける。担当者が、書庫内に保管されている登記簿冊を搬出し、右図面のF点で申請者に手渡す。

申請者は、右図面の閲覧席で登記簿原本を閲覧する。閲覧が終わると、右図面の登記簿返還場所に登記簿冊を置いて、閲覧席を出ることになる。

3  閲覧の監視体制は、次のとおりであった。

右図面のカウンターには、閲覧係の担当者がいた。反対側には、登記官の席があった。正面側には、統括係や認証係の職員席があった。三方に職員がいる体制にはなっているが、いずれも本来の職務があり、閲覧者を十分監視できる状況ではなかった。不審者らしい者に気付けば、返還した登記簿冊を確かめることがあった程度である。

また、右図面記載のとおり、電動ミラー及び固定ミラーがあり、監視カメラもあったが、いずれも閲覧者に対して心理的影響を与えるだけで、閲覧者の動静を十分監視できなかった。

閲覧者の荷物の持ち込みを避けるため、右図面記載のとおり、申請人のロッカーが設置されていた。しかし、鞄等の持込みは、完全には禁止されていなかった。鞄を床に置いて、閲覧する者もいた。

そのほか、閲覧の注意事項を記載した表示板を設置したり、多数の登記簿冊を閲覧する者には、見通しを妨げない登記簿運搬台車を使用させたりしていた。

4  広島法務局では、昭和四二、三年ころ、登記簿原本の抜き取り事件があった。その後も、全国では、登記簿原本の抜き取り事件や登記簿原本への書き入れ改ざん事件が起きている。その度に上級庁から閲覧体制等に指示がある。

前記認定のとおり、平成二年一二月及び平成三年一月と続いて、西永らが登記簿原本を抜き取った。広島法務局は、登記簿原本が紛失したことに気付いたが、登記簿原本の誤綴である、と判断して、登記簿原本の探索をした。短期間に登記簿の原本の紛失が続き、探索によっても登記簿原本が発見できなかったのに、登記簿原本の抜き取りについて調査することなく、閲覧監視の体制を特に強化することもなかった。

5  本件土地の登記簿原本の抜き取りが発覚した後の平成三年九月、広島法務局では、閲覧席の配置を変えて、閲覧監視を専門にする職員を一名配置し、閲覧席の見回りをさせる体制を作った。

以上の事実が認められる。

第二  右認定の事実を前提に、原告の本訴請求の当否について検討する。

一  前記認定の事実によれば、原告は、西永らから、不実の本件登記が記入された本件土地の登記簿謄本の写しを示されて、本件土地が西永の所有である旨欺罔され、その旨誤信して、本件土地を担保に、西永との間で、第一回貸付けの六〇〇〇万円、第二回貸付けの二〇〇〇万円及び第三回貸付けの三〇〇〇万円の合計一億一〇〇〇万円を貸し付ける旨の契約をし、西永に対し、合計九六二六万三四〇〇円を出捐した、と認められる。

二  登記官の過失

不動産登記制度が不動産取引の安全と円滑に果たす役割、特に不動産登記に対する国民の高い信頼性を考慮して、細則九条が、登記官は登記用紙の脱落の防止その他登記簿の保管につき常時注意すべし、と規定し、同三七条が、登記簿若しくはその附属書類又は地図若しくは建物所在図の閲覧は登記官の面前においてこれをなさしむべし、と規定し、準則二一二条が、登記簿若しくはその附属書類又は地図若しくは建物所在図を閲覧させる場合には、次の各号に留意しなければならない、として、登記用紙又は図面の枚数を確認する等その抜取り、脱落の防止に努めること、登記用紙又は図面の汚損、記入及び改ざんの防止に注意すること等を規定していることを考えれば、登記官は、登記簿原本の抜取り、改ざん等を防止するため、登記簿閲覧を監視する注意義務がある、と解するのが相当である(登記処理の件数の実態からして、文字どおり登記官の面前で登記簿を閲覧させたり、常に登記簿閲覧の前後に枚数を確認したりする注意義務を要求することはできない)。

これを本件についてみるに、広島法務局登記官には、以下のとおり、閲覧監視義務違反があった、と認められる。

1  前記認定の態様で、本件土地の登記簿原本が抜き取られ、虚偽の所有権移転登記が記入されて登記簿冊に戻されている。更に、その前の二か月間に二回にわたり同じく登記簿原本が抜き取られている。これらの事実からして、当時の広島法務局登記部門の登記簿閲覧を監視する体制は十分でなかった、と推認できる。

2  具体的態様をみても、閲覧席の三方を登記官ないし法務局職員が囲んではいるが、いわば本来の職務の片手間に閲覧席を注意しているのであって、十分な監視ができているとは認め難い。ミラーや監視カメラも設置されているが、閲覧者に対する心理的効果以上に監視機能があったとも認められない。閲覧者用のロッカーもあったが、閲覧席に鞄等を持ち込んで閲覧させていた、と認められる。監視体制が十分であったとは認められない。

3  本件の犯行後にとられたように閲覧者を監視する専門の職員を配置したり、閲覧席に鞄等を持ち込むことを禁止したり等すれば、本件の犯行を防ぐことができた、と推認できる。右のような措置を要求することが、当時の広島法務局登記部門の物的・人的体制に照らして不可能を強いるものとは考えられない。

4  少なくとも、広島法務局登記部門では、平成二年一二月及び平成三年一月と登記簿原本が紛失したことに気付き、登記簿原本の誤綴と判断して登記簿原本を捜したが見つからなかったから、この時点において、登記簿原本の抜取りの可能性を考慮して、前記3で説示したような体制等をとって、閲覧監視を強化すべき義務のあったことは肯定できる。

5 右1ないし4で説示したところを総合すれば、前記認定の事実関係の下において、広島法務局登記官には閲覧監視義務を怠った過失がある、と認めるのが相当である。広島法務局登記部門の繁忙状況をもって、右過失を否定することはできない。

三  損害額

1  登記官の前示閲覧監視義務違反の過失により、西永が所有者である旨の不実の本件登記が記入された本件土地の登記簿謄本が作成・交付され、右登記簿謄本の記載を信頼した原告は、西永との間で、合計一億一〇〇〇万円を貸し付ける旨の契約をし、次のとおり、西永に対し、合計九六二六万三四〇〇円を交付し、七六二六万三四〇〇円の損害を被った、と認められる。

(一) 第一回貸付けについて

(1) 平成三年二月一五日、原告は、西永に天引利息及び長井の債務の利息を差し引いた二五八六万三四〇〇円を支出しているから、同額が損害と認められる。

(2) 平成三年二月二二日、原告は、西永に金銭交付の方法として額面合計三〇〇〇万円の約束手形を振出交付し、これを決済しているが、利息として一八〇万円を受け取っているから、差額二八二〇万円が損害である、と認められる。

(3) 平成三年三月一日、原告は、二〇〇〇万円の弁済を受けているから、二〇〇〇万円の損害てん補があった、と認められる。

(4) 原告は、西永に振り出した額面合計三〇〇〇万円の約束手形の決済資金を準備するため、額面四〇〇〇万円の約束手形を振り出し、長井がこれを広島信金で割り引いて、その割引金で三〇〇〇万円の約束手形を決済した、と認められる。

形式的には、原告は、長井から、三〇〇〇万円の弁済を受けたことになるが、右三〇〇〇万円は、原告振出しの四〇〇〇万円の約束手形を割り引いて用意した資金であり、長井ないし西永が右割引手形を決済することはできず、右割引手形の決済資金も結局原告が負担している、と認められるから、右三〇〇〇万円の弁済を西永らの欺罔によって生じた損害のてん補と認めることはできない。

(5) 以上のとおり、原告は、第一回貸付けによって合計三四〇六万三四〇〇円の損害を被った、と認められる。

(二) 第二回貸付けについて

原告は、平成三年三月二〇日、西永に対し、一三一〇万円を交付しているから、第二回貸付けにより、一三一〇万円の損害を被った、と認められる。

(三) 第三回貸付けについて

原告は、平成三年五月一日、西永に対し、二九一〇万円を交付しているから、第三回貸付けにより、二九一〇万円の損害を被った、と認められる。

(四) 六〇〇〇万円の債権譲渡について

原告は、平成三年五月一〇日、中央商事に対し、六〇〇〇万円の抵当権付き債権を譲渡し、五〇〇〇万円を取得しているが、右抵当権が無効であったため、原告は、中央商事に六〇〇〇万円を返還しているから、五〇〇〇万円の損害てん補があった、と認めることはできない。

(五) したがって、原告は、第一回第二回及び第三回貸付けにより、合計七六二六万三四〇〇円の損害を被った、と認められる。

2  登記官の前示過失がなければ、本件土地の登記簿原本に本件登記が記載されることはなく、原告が本件登記を信頼して合計一億一〇〇〇万円の貸付契約を締結することもなかったのであるから、右貸付契約が有効に成立したことを前提にする貸付契約金額相当額ないし天引利息分の損害が、登記官の過失により生じた、と認めることはできない。また、当時の長井の資力からして同人に対する貸金債権の回収ができた、との特段の事情は認められないから、同人に対する債権回収分として差し引いた金額についても、登記官の過失との因果関係は認められない(登記官の過失がなければ、西永に対する債権から差し引くことなく、長井に対する債権が回収できた、との特段の事情は認められない)。

3  原告にも、後記四で説示の過失は認められるが、登記官の過失と右1で認定した損害との間の相当因果関係を欠くとすることはできない。

四  過失相殺

前記認定の事実関係の下においては、原告にも、以下のとおり、相当の落度がある、と認められる。

1  西永を紹介したのは、素行に問題のあった長井であった。また、西永は、暴力団の幹部である。右のように人物的に問題のある者からの借金の申込みに対して、原告は、西永の同一性の調査・確認はしているが、西永が真実本件土地を所有したか否かについては、登記簿謄本を確認しただけで、格別の調査はしていない。

西永がどのような金融業を営んでいるのか、どうして多額の資金が必要になるのか、登記済証はどうしたのか、について、特に質問していないし、長井の専任媒介契約や五洋建設との売買契約、更に国土利用計画法の届出について、これを裏付けるような書類の提出も求めた様子はない。平時好は、現地に臨み、本件土地が更地であることを確認したが、賃貸借等の利用関係や権利関係の調査はしていない。

また、本件土地は、更地で五億円以上の価値があるのに、他の金融機関へ担保提供されていない。右のような担保物件がありながら、月四分の高利で借金をしようとしているのは何故であるか、その間の事情については調査をすべきであった。特に、六〇〇〇万円の貸付けが当時の原告のほぼ融資限界額であったとすれば、右貸付けをするに際し、右の点の慎重な調査が求められてしかるべきである。

ところが、原告は、本件土地の担保価値が十分あることや長井に対する債権の回収が図れることから、西永の求めに易々と応じた、と認められる。原告の対応・調査は、金融業者として十分ではない、と評されてもやむを得ないものである。

2  第二回貸付けをするに際しては、五洋建設への売買がどうして駄目になったのか、その事情を聞いた様子はない。東京の会社が本件土地を担保に融資する話も、その裏付となる書類の提出は求めていない。栗栖達知が長井とともに現われ、東京の会社と交渉していることは間違いない旨説明している。しかし、、栗栖は、平時好にとって初対面の人物であり、信用の置ける人物であるか否か不明である(栗栖も、長井や西永の仲間であった、と認められる)。平時好が、この点を調査した様子もない。栗栖が現われたことをもって、原告の過失がなくなるとは認め難い。また、平成三年三月一日に二〇〇〇万円の弁済を受けたことから、五洋建設への売買の話が真実であった、あるいは東京の会社が融資する話の真実であることが裏付けられた、とすることはできない。

第二回貸付けを行うについての原告の落度は、更に大きい、と評価できる。

3  第三回貸付けをする際には、西永は、既に第一回及び第二回の貸付けの返済を怠っている。原告は、金銭交付の方法として西永に渡した約束手形の決済資金を用意するため、更に約束手形を振り出して、他の金融業者に割り引いてもらって、西永に渡した手形を決済している。にもかかわらず、原告は、第三回貸付けの三〇〇〇万円を融資するのに、東京の会社の社長の名刺を示され、長井の指示する番号に電話しただけで(右社長と電話連絡はできていない)、東京の会社が本件土地を担保に融資するとの長井ないし西永の話が真実であるか否か、疑問をもった様子はない。東京の会社の融資話が真実か否か調査すれば、本件土地を西永が所有していることにも当然疑問がでてくるものと思われる。

第三回貸付けを行うについての原告の落度は、極めて大きい、と言わざるを得ない。

右説示の事情を総合考慮すれば、原告にも第一回ないし第三回貸付けをするに際し、相当大きな過失があった、と認められる。

第一回貸付けを行うについての原告と登記官の過失割合は、ほぼ七対三であり、第二回貸付けのそれは、ほぼ八対二であり、第三回貸付けのそれは、ほぼ九対一である、と認めるのが相当である。

五  被告の負担する損害賠償額

原告が被告に対して請求できる損害賠償額は、以下のとおり、合計一七〇〇万円と認められる。

1  第一回貸付けについて

原告に生じた損害額三四〇六万三四〇〇円のうち、前示過失を斟酌して、原告の請求できる損害賠償金額は一〇〇〇万円と定める。

2  第二回貸付けについて

原告に生じた損害額一三一〇万円のうち、前示過失を斟酌して、原告の請求できる損害賠償金額は二五〇万円と定める。

3  第三回貸付けについて

原告に生じた損害額二九一〇万円のうち、前示過失を斟酌して、原告の請求できる損害賠償金額は三〇〇万円と定める。

4  弁護士費用

原告が、本件訴訟の追行を原告訴訟代理人弁護士に委任したことは、訴訟上明らかであり、本件事案の難易、認容された賠償額等を考慮すれば、被告の不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は、一五〇万円と認める。

六  まとめ

以上説示・認定したところによれば、被告は、国家賠償法一条一項の規定に基づき、国の公権力の行使に当たる登記官の過失によって違法に原告に加えた損害一七〇〇万円を賠償する責任がある。

第三  結論

よって、原告の本訴請求は、損害賠償金一七〇〇万円、及びうち一〇〇〇万円に対する不法行為の日以後である平成三年二月一六日から、うち二五〇万円に対する不法行為の日以後である平成三年三月二一日から、うち三〇〇万円に対する不法行為の日以後である平成三年五月二日から、各支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官小林正明)

別紙(二)

別紙

別紙物件目録

所在 広島市中区西川口町

地番 一〇番二

地目 宅地

地積 813.88平方メートル

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